千賀の仇討


昔、岩滝に弓木城主の武将で千賀という豪族がいた。子供がなく、夫人は深く悲しんでいたがある人から「成相山の観世音は霊験あらたかで、もし祈願をこめるなら必ず子供を授けて下さるでしょう」と奨められ、千賀夫人は三十七日間、雨の日も風の日も怠ることなく日参した。
ちょうど満願の日、いつものように小松坂を下りてくると、路傍の草むらの中から赤児の泣き声が聞こえてきた。不審に思い探してみると、一人の夫人が何者かに殺され、その上臨月であったのか、玉のような女の子が生まれ出て、しきりに泣いているのである。夫人は大変驚いたが、ちょうど満願に相当する日、きっとこれは観音様が授けてくれたものと信じ、そのまま家に連れて帰り育てることにした。
成長するに従い、女に必要な一通りの技芸はもちろん、武家の子として武道を練磨させた。日に日に上達して一兼の腕前になった時、千賀家に実子が生まれ夫婦の喜びはたいへんなものであった。
ある日、夫人は女の子を膝元に呼び、過去の話を詳しく述べて、実子でないことを知らせたのである。女の子は真相を聞き、驚き悲しんだが、今日まで育てていただいた恩を深く感謝し、実母の仇を討たんと健気にも雲山万里の旅に出たのである。
三年を過ぎた十一月の末、備前岡山の町のとある刀研師の家に立ち寄った時何気なしに主人と客の話を聞いたのである。「入念に研いておきました。立派な名刀ですが惜しいことに刀尖三四寸のところに刃こぼれがありますなあ」客は答えて「それには子細がある。思い起こせば一昔、武者修業の折、丹後の国成相山で一人の婦人が臨月で産気づいていた。たいへん苦闘しているのを見て近づいたが、てのほどこしようがない。むしろひと思いに切りすて苦痛から救い、かつ我が腕と刀の切れ味とを試しみる事ができたら一挙両得であると思い不憫ながら切り捨てた。そのとき誤って刀身を傍の石に打ちあてて刃こぼれを生じたのがこれである」。先刻からこの話を聞いていた彼女は躍り立つ胸を押し鎮め、客の帰るのを待って、刀研師に逐一、その顛末を物語り、女の事であるから万一仕損じては一期の不覚であるといい助太刀を願った。
義侠心の深い浪人あがりの刀研師は、彼女の切なる願いに感動し、一義に及ばず快諾した。
さて、いよいよ仇討ちとなったが、彼女の武芸非凡なる上、孝子の一念、助太刀を待たずその本懐を遂げる事ができたという。
その時孝女が用いた刀は代々、千賀家に伝えられているということである。

 

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