丹後ちりめん −11−

丹後縮緬と需要の状況(2)


大正後期から昭和にかけて普通行なわれた取引の状況は仲買商人及び紹介店の媒介によった。仲買商の多くは京都の商人であったが、勿論、国方といって生産地方にあるものも少くなかった。紹介店はちょうど、以前の飛脚のように機屋と、仲買商との間に介在する一種の取引機関であって生産地で営業をした。
大正から昭和にかけて製品の大部分は、これら仲買商、紹介店等に依って、京都の商人に買上げられるのが普通で、生産地から直接需要地に売出すものは極めて小部分であった。
原糸は昔から主として奥羽産を使い、殆んど京都西陣糸屋町の生糸商、もしくは、糸仲から買入れる例であったが、昔の制度が廃止されてからは、各自、自由に買入れた。
従来、京都の糸商の手から買い求めていたものも輸送の便がよくなったので、直接産地に注文するものが増加してきた。

前へ 目次 次へ