丹後ちりめん −12−

国練問題(1)


この頃の取引で、最も注目すべきものは、いわゆる難引問題であった。従来、地方の織物は、地方の紹介店を経て、未製品のまゝ京都の仲買店に移り、京都の仲買店の手で精練の上、各地に販売されたため其の間に価格の変動によって、京都商人は巧みに未製品に難引(難=すなわち、きずがあるという理由で値引を要求すること)を強要して暴利をおさめ、地方の生産者は、そのために思いがけぬ損をすることがありがちであった。 そこで、生産者は、生産地で直接精練を行い、完成品として売出す、いわゆる国練問題と難引問題とからんで三郡の同業者間で問題になり、積年の懸案となった。
大正十年(一九二一)三郡機業の統一を期して組織した丹後織物同業組合は、国練問題の解決という重要な問題の解決を計り、丹後機業会積年の懸案解決に努力することになった。

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