丹後ちりめん −15−

戦争と丹後縮緬(2)


昭和十六年十月十八日、東条内閣となり、十二月八日、大東亜戦争に突入した。丹後縮緬にもいろいろ統制が加えられていった。
昭和十七年五月十三日、企業整備令が公布された。この七月工業組合は「縮緬」の二字を遠慮して「丹後織物工業組合」と改称した。
同年十一月から戦力増強金属回収が叫ばれ、組合本部の一部に回収本部が設けられた。丹後機業の六割整理、これは、人的にも金属にも六割の供出を求められたことになる。
昭和十九年三月、工業組合は「工業」という言葉が平和的であるという理由で「丹後織物統制組合」に改組し、織機の全部を軍需織物に切り換えた。

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