丹後ちりめん −18−

天橋組合


明治十二年(一八七九)頃朝鮮糸が京都に輸入されて来た。此の糸は黄色であって美しいばかりでなく、その値段も頗る低廉であったため、岩滝町の糸井徳之助、木崎清三等の、宮津の有志と謀り、資本金を募集して「天橋組合」を設立し、盛んに朝鮮糸を購入した。
明治十九年(一八八六)糸井徳之助は絹綿の交織で縮緬を製造し、東京市博覧会に出品し、賞状を受領した其の後、取引の各商店と販路拡張の契約を結んで盛んに製産した。
その後、岩滝、弓木、宮津、石田、須津等に縮緬の製造業者が増加し、その全盛期には与謝郡の機数七、八百台に達した。
しかし販路が拡張されるに従い粗製檻造の結果、また衰運に向って来た。

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