丹後ちりめん −19−

紡績縮緬


綿糸紡績に続いて、絹糸紡績が起ってきた。
明治三十二年(一八九九)頃、岩滝の楠田甚助という者が初めて之を用いて縮緬を製造したが、当時は尚、本製縮緬が一般には重じられて、その声価が高かったのに、まだ紡績糸使用の経験がなくて製品の出来栄えが良くなかったために不成功に終った。しかし、その後、紡糸(つむぎいと)に対する研究が次第に進歩し、明治三十七、八年頃(一九〇四〜一九〇五)から各地共之を使用する者が多くなってきた。
岩滝町の千賀由吉が動力撚糸の方法を発明するに及んで遂に丹後全般の機業地はいづれも紡績縮緬にかわり、本製縮緬は殆んど見られなくなった。これは品質の堅牢を主とし、価格が高くても流行に従って、次々に新らしい物を作って行こうとする人情がそうさせたもので、時代の変化が目につく。

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