丹後ちりめん −20−

岩滝機業と原料


以上で一通り岩滝町の工業の中心である「機業の沿革」に触れて来たが、明治から大正の初年にかけて、その原料はどこから仕入れたかについて見ておこう。
イ、絹織物
明治の中頃までは生糸のみを用いたが、明治の後期から、絹糸紡といって紡糸ならびに紬を原料とした紡縮緬、紬(つむぎ)縮緬を生産するようになった。此の原料である紡糸、紬糸は共に富士紡績株式会社、鐘ケ渕紡績会社で製造したものであって、岩滝に来る経路は、岐阜、京都を経てくるものもあったが、大部分は峰山町、吉村商店又は京都市高田合資会社から来た。
ロ、経糸(生糸)
最初のうちは丹波の綾部地方であったが、その後生糸の代用品として玉糸を使用するようになった。此の玉糸も初めのうちは丹波地方のものであったが、大部分は三河の豊橋、岡崎から来るようになった。。
製品の販路
イ、取引
上の製品、すなわち紡縮緬、紬縮緬は其一部を峰山方面に出したが、主として京都市場に送り「白地屋」で練り、それから「染物屋」で花鳥など様々な模様に染め上げ、東京其他の各地に販売された。
ロ、輸出品
「壁」は与謝郡の外中郡で製作されたが中でも、岩滝の製品が最も品質が良好であった。
輸出径路は、京都と経由するものもあったが、横浜に直送し、アメリカ、インド等の外国市場に送られた。

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