丹後ちりめん −5−

綿縮緬の流行


前述した中郡口大野村(大宮町)の蒲田善右衛門が発明した綿縮緬が明治四年(一八七一)頃大いに流行し、頗る(すこぶる)旺(さかん)になり一時疲幣した機業家を蘇生させた感があったが、之も一時的な現象であって、僅か一、二年の短期間で絶えてしまった。これは綿縮緬の緯糸が弱いために生地が弱く、破れ易いのがその原因であったといわれている。

前へ 目次 次へ