丹後ちりめん −69−

岩滝各区の機業 岩滝の機業(7)
丹後震災と岩滝機業


昭和2年3月7日、午後6時28分、突如丹後を襲った大震災は被害48ケ町村におよび、岩滝町は死者108人、火災28ケ所、全潰家屋312、半漬474、全町潰滅的惨害を受けた。
工場では、蒲元工場、黒徳工場、沢弥工場、岡初工場、岡広工場、上利工場、等全焼、或いは半焼し、其の他の機業家も皆工場に大小の被害を受けた。機械機具の被害を免がれたものは1つもなしといった状態であった。このような中から立ち直るには半年、1年を要した。
時の町長糸井品蔵は積極的な方針をたて、復旧ではなく、復興―いわゆる「焼け太り」でなければならぬと力説し、復旧資金の如きも使い切れぬほど借りて、激励鞭韃につとめた。その結果、他町村に比し、最も早く織物の製産を見ることができた。

前へ 目次 次へ