丹後ちりめん −71−

岩滝各区の機業 弓木の機業(1)
弓木の機業


幕末から明治にかけ糸屋弥左衛門、木崎善八、福島屋、米忠、川崎屋、木屋、桝屋、河辺屋、井筒屋、大黒屋、米屋佐七、等20数軒の専業の機屋があった。なお、ちりめん屋百姓といって、殆んどの家に、1、2台の手機があって、自家用の織物を織っていた。 労働時間  この頃の休憩時間は線香の消える時間できめた。すなわち
昼休  線香1本
途中休 線香半本
の火のついている時間が休憩時間であった。
夜は太鼓で大内の端から下地の端まで、一夜交替で廻り、早番、遅番が終業時刻の来たことを知らせて廻った。夜なべ(夜業すること)は春夏は1あぜ、秋冬は2あぜが慣例であった。(1あぜは約1時間)

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