丹後ちりめん −72−

岩滝各区の機業 弓木の機業(2)
糸井徳之助と万国博


明治7、8年、糸井徳之助は紋ちりめん約50台を経営。編(へ)引きといって機の上に1人いて糸を紋になるよう引上げた。15年頃から、しけ織(経緯(たてよこ)の生糸の太さ不揃。ヤール、又はダブル幅)に転向した。 米国に輸出、24年シカゴ市で開かれた万国博覧会にダブル巾50ヤード1疋を出品し、銅牌を受賞、丹後織物の面目をほどこした。

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