岩滝の歴史 −83−

江戸時代(18)

−蹴鞠−


竊視録(せつしろく)
寛延2(寛永2年(1749)のことか)3月5日蹴鞠御覧人数
吉田東元 津国屋平八 津国屋宇八
金見喜平治 八木玄哲 若狭屋利兵衛
若狭屋弥右衛門
外二十一人
岩滝
九左衛門 市左衛門 五兵衛 平次郎
加悦
三郎右衛門 後藤藤四郎 善右衛門
装束付下人装束箱持参之者書付上ル。

蹴鞠免許状

この時の「蹴鞠」がどんなもので、何処で行なわれたかはっきりしないが、青山大膳幸道が延享元年(1744)父の後を受けて宮津藩主となって6年目、閉門を仰せ付けられ、美濃の郡山城に所替を命じられる10年ほど前のことである。
この「蹴鞠」に岩滝から四人の者が出場しているが、それがどういう人物であったかも不明である。

参考文献 岩滝町誌 昭和45年1月


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