岩滝の歴史 −95−

江戸時代(30)

−宮津騒動F−


ところが、宮津では、18日再び城下に強訴するという風評があがって、城内外の警戒と応急手当の方策等について大いに苦慮し、先づ第一に五ヶ条の書付に栗原の署名捺印をして、昼夜兼行、全領内に配布して各自に安心させること、第二に市内の寺院僧侶を犬之堂口に集め、暴徒が若し来襲したら此処で挨拶して鎮撫すること、第三に最後の手段として群衆が城下に乱入し、愈々門前に詰めかけて来たら武力に訴えて解散させることとし、それぞれ、その手運びをしたが、第一の手段だけでおさまり、群衆は17日夜から18日朝にかけて、竹野郡で解散し、各自村々に帰っていった。

この時、群衆のためにたたきこわされた山家屋の大皿がつぎ合わされ、現在岩滝町西光寺に保存されている。

参考文献 岩滝町誌 昭和45年1月


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