岩滝の歴史 −97−

江戸時代(32)

−宮津騒動H−


百助の父理右衛門は、強訴の一件に何の関係もなかったのであるが、17年間、揚屋で謹慎中であった。天保11年藩主宗発が死去し、宗秀が相続したことにより同10年正月入国と同時に許されてその後見役を命ぜられたが時すでに80余才、江戸表に出向き、同地で卒した。
大正15年(1926)郡内の有力者が発起人となり、文殊に義士義民追頌碑が建立され、毎年詳月命日には追善供養が営まれている。(「丹後郷土史料叢書」「与謝郡誌」による)

参考文献 岩滝町誌 昭和45年1月


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