岩滝の歴史 −102−

江戸時代(37)

−村役人の職務(後編)−


7、往還筋に他領から村送り人があれば送り状によって処置方法を継ぎ、事情によっては代官の指揮を乞うこともあった。
8、村内に失踪者があった時は、親戚の者から庄屋に届け出ると、其の行方を尋ねさせ、かつ、財産は組頭、ならびに親戚とも立合いの上、取調をして代官に届出をして指揮を受け処分した。
9、公儀触等村継人足は村高によって割出し、村内廻り持としたけれども、便宜上から日雇を以て間に合せるものもあった。其賃銭は一里について米一升を出した。
10、領主から毎年城の外堀ざらえのため高割を以て人夫を出させた。其の賃米は一人について一日三升とし、内六合は領主から夫米として補助した。残り二升四合は郷中割で支給した。

11、租税の徴収、租税の取立については、毎年領主から免状が下付され、納税者を庄屋方に集めて之を読み聞かせ、総役人立合いの上割賦を行い、切符を渡し、納期になれば郷蔵で四斗二升五合俵に作らせて受取った。そして、貢納皆済の上、正租及対村費の精算勘定をし、若し小前に下納の者があると、後日其財産を以て之を償わせた。
12、其の他

イ、其の他田畑山林の保護に関しては村内の壮年者に委託し、規則を犯した者を差押えた時は、所持していた用具を全部没収することを慣例とした。
ロ、又盗賊の取締りは番人にさせ、番人の給料は各戸から米、或は麦を集めてこれを支給することを慣例とした。しかし、盗難に罹った時の入費は被害者が支払った。
ハ、バクチについては其の犯人を取押えた時には科料に処する慣例であった。
ニ、出火の時は現場に駈けつけ、消防の指図をし、鎮火すれば庄屋は消防人足をまとめて引揚げた。
ホ、祭礼は氏神の例祭、若しくは臨時祭を行うについては代官へ届出、余興等に係ることは出願の上執行した。
ヘ、神官の待遇は、毎年夏は麦、冬は米の初穂を五合乃至一升を出して給料にかえた。又、僧侶から提出された法会等の願い、届けは総て庄屋及び檀徒総代連署の上代官へ差出した。

参考文献 岩滝町誌 昭和45年1月


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