岩滝の歴史 −110−

江戸時代(45)

−ええじゃないか(前編)−


慶応3年(1867)の夏から秋にかけて「ええじゃないか(善哉舞踊)」の民衆の狂乱が各地にまき起こった。
8月下旬、名古屋地方に伊勢神宮の神札が降ったという噂を発端に、京都をはじめ近畿地方、駿府を中心とした東海地方、さらに江戸を中心とした関東、甲信越から伊勢(三重県)阿波(徳島県)など狂乱の嵐は全国各地に広がっていった。
太鼓(たいこ)、小鼓(こづつみ)、笛、三味線をならし、女装した男、男装をした女、老若男女がはなやかな、異様な風体をして、仕事をなげ出し、卑俗、わい雑な歌詞に「ええじゃないか」のはやしをつけて踊り狂った。こうして日頃から快く思っていなかった地主や富商の家におどりこみ、酒さかなを要求し、いろいろなものを強奪した。 「これを飲んでもええじゃないか」
「これくれてもええじゃないか」
「古い秩序をけっとばせ」
「世直しだ」
「神代となり、遊びをして、その日送られ、まことにありがたき世の中なり」
と、喜び祝った。

参考文献 岩滝町誌 昭和45年1月


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