岩滝の歴史 −113−

江戸時代(48)

鎮撫使の迎送(後編)−


慶応4年(1868)1月26日午前6時、鎮撫使一行は供揃いを終り峰山に向かった。
先備えは宮津藩家老森佐兵衛、人数百十二人が午前5時(七つ半)船で先発、次が御守衛先隊長州、次が御本陣、次が御跡隊薩州、いづれも船で岩滝に上陸。
岩滝に着いた勅使は本陣千賀両助宅で昼食。
峰山からは26日早朝、御手先二十五人を宮津に、二番手三十五人を岩滝に、三番手二十人を口大野村(大宮町)に派遣した。
峰山から来た二番手の者は米品(こめしな)(糸井品蔵)宅で待ち合わせていた。
午後1時(九つ半)峰山から迎えの人数がお供に加わり、岩滝を出発、大内峠を越えて三重村に出、口大野で小憩。高橋利十郎が本陣を承って峰山に向かった。(宮津誌、宮津旧記、与謝郡誌)

参考文献 岩滝町誌 昭和45年1月


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