岩滝の歴史 −229−

民生の安定と社会福祉(6)

−丹州恵済会と済生会−


丹州恵済会

免囚保護を目的とするもので、明治天皇崩御に際し恩赦が行なわれた時、出獄者を保護救済する目的を以って、宮津町寺院の創立したものであるが、宮津分監管下七郡の経営に移し、大正2年(1913)5月、与謝郡各宗寺院の組織に改められた。
事業の主なものは、免囚の直接間接の保護、刑の執行猶予、起訴猶予者の保護監督、不良少年の感化等を行い、又、孤独、貧困者の一時的救恤をすることもあり、其の他各町村に通俗巡回講演を開催し郡民の善導を図った。

 

職員は、会長一人、理事長一人、理事八人、司計(会計)一人、保護主任一人、顧問五人、評議員三十二人、地方理事二十四人、講師六人、という構成であった。
1ヶ年の経費予算は一千三百円で、郡内各宗寺院の会費、一般の寄附金及び積立金利子の収入を以って之に当て、基本財産二千五百十円を有していた。

済生会

済生会も慈善団体であるが、済生会事業に対する本郡有志の寄附金は総計七千五百円で、与謝郡で千円の寄附者が六名、五百円の寄附をした者が三名である。
寄附は公債又は金で一時又は年賦であるが、うち公債で寄附した者二名、他は全部金で、そして全員が十ヶ年年賦で寄附を行っている。そのうちには、岩滝町の糸井勘助が、明治44年8月22日、一千円を金員で十ヶ年年賦で寄附の申込みを行っている。

参考文献 岩滝町誌 昭和45年1月


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