岩滝の歴史 −174−

戦後における町村合併(1)

−京都府における町村合併の概要−


昭和二十二年、地方自治法の公布施行により、従来の府県制、市制、町村制が廃止され、地方自治は中央集権政治から解放されて、全く新しい姿で発足した。
この頃から町村合併は、わずかながらはじまったが、昭和二十四年のシャープ勧告によって、にわかに町村合併が進んだ。
昭和二十八年十月町村合併促進法の施行を契機として、同年十一月、京都府町村合併促進審議会が設置され五市百四十四町村、計百四十九市町村を七市三十三町村、計四十市町村に減少させる計画が決定し、昭和三十一年九月末の同法失効時においては七市四十六町村、計五十三市町村となり、同法施行期間中に九十六町村が減少した。

昭和三十六年六月六日、新市町村建設促進審議法の制定に伴い、同年八月、京都府新市町村建設促進審議会が設置され、市町村の建設および、未合併町村の町村合併に着手した。
現在(昭和四十五年岩滝町誌発行時)、諸般の事情から、合併の実現を見ないのは、宮津市、与謝郡岩滝町ブロック外、二ブロックとなり、府下の合併は一段落した。
(夕刊京都新聞社刊「京都年鑑」一九六四による)
それでは、各方面の努力にもかかわらず、我が岩滝が、いずれの町村とも合併せず、今なお孤立を続け、未合併のまま今日に及んでいるのか、今日までの経過を考えて見ることにしよう。

参考文献 岩滝町誌 昭和45年1月


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