岩滝の歴史 −183−

戦後における町村合併(10)

−合併に対する岩滝町のあせり(2)−


他方、議会では、依然として三ヶ村の合併を希望した。しかし、すでに府中、吉津両村の態度が、宮津市制を中心とした六ヶ町村合併に傾いてきたので、従来、府中、吉津の両村に対する合併の勧誘が、村当局ないし議会であったのに対し、住民あるいは婦人会、青年団等の住民団体に切りかえられた。

一方合併対象町村として五十河村がとりあげられた。
すでに昭和二十八年九月六日の議会全員協議会で「五十河は日常における経済的連携が密接であるので一応相談することは有意義である」として検討の必要が認められた。

五十河村当局と、合併懇談会、事務研究会等を行なった結果、昭和二十九年二月十八日に五十河村に対して合併の申し込みを行なった。
五十河村との合併は吉津、府中両村が宮津町と合併する気配が増大するにつれ、益々強まり議会全員協議会ではその具体的方法がいろいろと、しかも真剣に研究された。

参考文献 岩滝町誌 昭和45年1月


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