岩滝の歴史 −179−

戦後における町村合併(6)

−国、府の岩滝町に対する合併指導(1)−


岩滝町における合併問題の第二の刺激は町村合併促進法の制定であった。
昭和二十七年十一月二十一日の町議会全員協議会では、町村合併促進法の法案が朗読され、合併が国の財政としてなされることが町長から紹介された。しかし、この時、「合併はすべての状態が必然的になってからやるのが妥当ではないかと思います」という議員の発言が支持された。
町村合併促進法が、昭和二十八年九月一日に公布、同年十月一日に施行され、続いて十月五日、自治庁次長名をもって知事宛に「町村合併促進法施行に関する件」の通知が出され、それはまた府総務部長名をもって府下市町村長宛に流されるに至って状態は一変した。

「町村合併により弱小町村を解消し、町村規模の適正化を図ることは、地方自治の基盤を強化し、地方行政を簡素合理化するのみでなく、国政全般の合理的、能率的運営に寄与するところが多いのであって、政府は去る九月十一日の閣議において町村合併促進法の施行を機とし、今後三年間に概ね、現在の町村数を三分の一とすることを目途として、強力にその推進に当る方針を決定し・・(中略)・・この画期的な大事業を推進することとなった」旨の決意が示された。

同時に、「町村の適正規模としては概ね八千以上の住民を有することを標準とされているが、地勢、人口密度、経済事情、都市計画、地方の総合開発計画、その他の具体的な事情に照らして個々に決定されることが必要であって、具体的な事情の下において行政能率を最も高くしうるように、できる限り、新町村規模を大きく定めるべきものであること」したがって、「人口八千はあくまで最低の標準であって、基礎的地方公共団体をして、できる限り規模を増大することが望ましく、町村の具体的事情に応じて平均二、三ヶ町村程度の合併より、むしろ四、五ヶ町村程度の合併によることが合併も容易であり、望ましいと考えられ・・(後略)・・」たのである。

参考文献 岩滝町誌 昭和45年1月


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