岩滝の歴史 −182−

戦後における町村合併(9)

−合併に対する岩滝町のあせり(1)−


このような周辺町村の合併は当然岩滝町に影響を与えた。
従来から嶋田町長は三ヶ村合併の推進者であった。

昭和二十九年一月九日の議員全員協議会で「府中、吉津の二ヶ村が、岩滝町との合併に一向気がないので、六ヶ町村合併か、さもなくば孤立である。宮津との合併の魅力は電話の一本化と、中継放送局の設置ぐらいのもので、他は一長一短の利害であるが、目前のことと、永久のことをよくみきわめて悔いなきようにしなければならぬ」という発言をし、以後、議会における積極的発言をやめ、ついに四月六日の議会全員協議会においては、議会に対し、宮津との合併を再考するように要請した。

これには、嶋田町長の考えが宮津との合併に傾いてきた理由はいろいろあると思うが、総務部長、府地方課長が「大きければ大きいだけ弾力性のある政治ができる」といったことが最も大きく作用しなのではないかと考えられる。

参考文献 岩滝町誌 昭和45年1月


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