岩滝の歴史 −167−

兵事(1)

−兵制の沿革と管区−


沿革
むかし、兵、農の区別はなかった。
中古、政権が幕府、将軍の手に帰し、いわゆる武門、武士である専門家が現われ、兵馬の権は、幕府、将軍が掌握し、兵、農が別になった。
幕末に至り、外国艦船が、日本の近海に現われ、天下漸く多事となり、各藩共募兵の急であることを知ったようで、宮津藩の如きも時々藩士を我が岩滝村に派遣して、農民兵の養成であるといって剣法又は初歩の教練の教授をした。
明治維新後全国皆兵主義に基き、徴兵令がしかれた。その後、数回の改訂を経て遂に明治十五年、戦前の陸海軍の制度が実施された。すなわち、男子は満十七歳から満四十歳まで必ず兵制に服する義務があることになった。
兵役の種類を、常備、後備、補充、国民兵役の四つとし、常備兵役を更に現役と予備役の二つとした。
管区
岩滝は初め、第四師管区に属し、諸兵皆大阪連隊に入営したが、第十師団が新設されるに及んで、歩兵第二十連隊は明治三十一年、大阪城内から、福知山岡野台の兵舎に移転した。岩滝もまた、第十四管区に属し、歩、工兵は福知山兵舎に、重砲兵は舞鶴に、騎兵、砲兵、輜重兵は姫路の兵舎に入隊することになった。

参考文献 岩滝町誌 昭和45年1月


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