岩滝の歴史 −168−

兵事(2)

−入隊・除隊−


一般に入退営に華美、豪奢を競う風潮があった。岩滝は機業地であり経済的にもゆとりがあったため、特にそうしたことが顕著であった。
すなわち、門前にはアーチ(録門)を建て、紅白の大幟を立て、多くの親戚、知人、朋友が会し、数日間、徹宵盛宴を張って豪華を極め、巨額の金銭を浪費し、富裕でない家庭でも、つき合いというか、世間態というか、つき合いをやめるわけには行かず、之に伴う弊害も少なくなかった。
しかし、これを憂慮する者もあり、大正四、五年頃には、漸次改善の方向に向い、昔の弊害を一掃しようとする空気もでてきた。
祝宴を張るようなことは尚続いたが、それも昔にくらべて質素になり、入営者の見送り除隊帰郷する者の出迎えも精神的要素を重視するようになった。
そして門出に際しては、武運長久を氏神に祈り、帰郷すれば日本国民の一大義務を無事果し得たことを氏神に報告した。

参考文献 岩滝町誌 昭和45年1月


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