岩滝の歴史 −253−

保健衛生(12)

ー国民健康保険(3)−


昭和二十三年六月三十日終戦後の社会的経済的混乱により全面的に崩壊した国保制度の再建を目的に法が改正され、経営の主体を組合から原則的に市町村に移行し、市町村公営の原則を確立すると共に、被保険者は強制加入のたてまえと改められた。
しかし国保財政は不安定であり国の財政的援助、保険収入の確保の強化する必要があり、この岩滝町も国保再開に踏切ることができなかった。
昭和二十六年三月三十一日戦後第五次の改正が行われ、国保財政の健全化が図かられ地方税法の一部改正とともに国民健康保険税が創設されることとなり、岩滝町においても国保が再開されることになった。
昭和二十八年には「国民健康保険再建整備貸付法」が制定され二割の国庫補助が交付されることになった。昭和三十年には奨励的な補助制度が改められ補助率が法定化した。

このように国保制度は幾多の改正を経て逐次発展充実してきたのであるが、昭和三十二年政府は、医療に関する国民皆保健を実現するに至った。当初農山漁村の住民を対象に発足した国民健康保険は、今日では健康保険制度とならぶ名実ともに我が国医療保障制度の二大体系を形成することとなった。
そして昭和三十四年には、いよいよ新国民健康保険制度が施行され今日におよんでいる。

参考文献 岩滝町誌 昭和45年1月


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