古墳時代

−与謝地方の古墳−

●宮津市
栗田地区小田宿野に俗称「火の雨を避けるための穴」であると伝えられている円墳がある。
栗田地区小寺には古墳群が見られるが、横穴式ものである。
上宮津地区喜多に横穴式古墳がある。
皆原地区に二基、波路に一基あるが、波路のものは石窟ではないかといわれている。
須津地区には野田川下流にのぞむ倉梯山の頂上にある円墳三基をはじめ、数ヶ所に約八基の古墳がある。

●野田川町・加悦町
野田川町堂谷の霧ヶ鼻の山頂に四基、物部神社附近に一基、また鞭谷には群墳があり、横穴式石室で東南に向って開いている。

加悦町桑飼地区明石河ノ辺の東から西に延びた丘陵上に、数個の円塚が点在している。この古墳群は横穴式である。桑飼地区にはこの外にも古墳がある。
 
宮津市須津地区から野田川町石川地区、加悦町桑飼地区にわたる加悦谷の南部に連なる古墳群は、当時与謝地方の中心地がこの方面であったことを立証するものであるといっては言いすぎであろうか。
参考文献 岩滝町誌 昭和45年1月

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