古墳時代D

−岩滝町の古墳(丸山の古墳)−

 
鬼坂峠に至る道を、称名寺から約600メートル程登ると、路沿いに小高い丘がある。ここが通称丸山と呼ばれているところ(現在の丸山墓地附近)で、昭和21年7月、地主が開墾中、地下約0.45メートルの所から石棺を発見し、大学教授らによって、数回の現地調査がなされた。
出土品を除き、石棺は再び同地に埋め戻されたが、昭和41年道路建設に伴い、その計画路線上にあった、この丸山古墳も取り壊されることになった。

  

同古墳は、直径30メートル、高さ4メートルの円墳で、応神、仁徳帝の頃(270〜399)のものと推定され、出土遺品も畿内の大王級の古墳の副葬品と比べても決して劣らない、当時としては最高級のものであるといわれている。
石棺は、縦約1.8メートル、横約0.6メートル、深さ約0.6メートルで、御影石の箱組合式、内部には朱詰の人骨があった。また副葬品は、神人車馬画像鏡、鉄剣、銅鏃(やじり)などが発見された。
 
なお、石棺は現在岩滝中央公民館の敷地内に移転保存されており、副葬品は宮津市中野の妙立寺に保管されている。

参考文献 岩滝町誌 昭和45年1月

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