古墳時代E

−岩滝町の古墳(塚が谷の古墳)−

 法王寺の古墳の西北約327メートル強の高さの峰の頂上にあり、東方に経塚、100メートル西方からは古墳が明治34年(1901)10月に発掘された。
<p>西方の古墳は高さ1メートル82センチ(六尺)直径四間の封土で土壌に混じって人骨、刀剣、楽素焼の長頸壷丹を塗った長さ0.18メートル(約6寸)のみであった。

東方の古墳は、高さ2.12メートル(7尺)直径14.54メートル(8間)であり、大きい陶壷高さ0.33メートル(1尺1寸)口径0.31メートル(7寸)があり、中から経筒と銅鏡1面が出た。
この壷は、焼法からみて、備前焼の類であり、経筒は銅の鋳物で蓋の模様から見て、藤原・鎌倉時代のものと思われ、鏡は「籬梅樹飛雀鏡」と呼ばれるものである。
以上のことから、この塚の造営は藤原時代のものと推察できる。
参考文献 岩滝町誌 昭和45年1月

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