岩滝の教育 1
岩滝町における寺子屋教育(1)


慶応2年(1866)8月14日、宮津藩「文武掛り用人」から
平民ノ子弟教育方法ノ条
一.農商ノ子弟ハ藩立学校へ入ルコトヲ許サス、其意向ニ任セ、寺小屋ニテ修業為致候処、明治4年宮津市街ニ小学校ノ設立ヲ許可致シ有志ノ子弟ニ入校為致候
家塾寺小屋設置ノ制度ノ条
一.寺小屋設置ノ儀ハ学監等ヨリ許可ヲ受ケシメ候ニアラス、他ノ検束ヲ受ルナク何人タリトモ自由ニ開設ヲ得ルモノニシテ、夫ノ教授ノ目的及順序等ニ至テモ、自家ノ意向ニ任セ来リ候
が示されている。
この頃になって岩滝町の教育の概況がようやくおぼろげながらわかるようになってきた。
我が岩滝町における寺小屋末期の教師は次の人々であった。
岩滝村
 医師 上羽角書
 僧侶(称名寺住職)日野正行
 神官(板列神社神主)岩本多美
 泉いと女
弓木村
 医師 糸井純三
 僧侶(玉田寺住職)京極宗元
 神官(木積神社神主)島谷佐渡
 堀口佐兵衛
 同人妻よつ
男山村
 医師 木下謙蔵
 神官(八幡神社神主)毛呂但馬


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