岩滝の教育 11
岩滝小学校(1)


明治新政府は、明治2年(1869)に小学校設立の方針を示した。これをまっさきにとりあげたのは京都府知事槙村正直(まきむらまさなを)であった。同年5月、上京第27番小学校(現在の京都市柳池小学校、建物は幼稚園が使用している)をはじめ、年内に64の小学校が開校した。
明治5年(1872)学制を発布した。新学制は、全国を8大学にわけ、区ごとに大学をおき、1大学区を32中学区に、1中学を210小学区にわけ、それぞれ中学校、小学校をおくことを規定した。与謝郡は、明治4年の廃藩置県に際し、宮津県に属し、同年宮津県が廃止となり、ついで豊岡県となった。従って明治5年7月学制が発布された後も京都府の進歩した影響を受けることが少なく、小学校の設置は山城地方に比べておくれた。

岩滝小学校 校舎


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