岩滝の教育 13
岩滝小学校(3)


明治14年12月、村の組合を解散して各村に戸長役場を置くに及び、須津村は一校を新設して組合から分離独立した。
明治16年7月、弓木、岩滝、男山の3村連合戸長役場を置くに際し、校舎の一部をこれにあてたことと、社会の進歩により教育に対する関心が高まってきたので、就学児童も増加し、校舎の狭溢が痛感されるようになった。明治17年5月、校舎の東側に縦10間半、横3間半の1棟を新築して教室とした。
明治22年、町村制が実施され、岩滝外2ヶ村(弓木、男山)が合併して新岩滝村が誕生し、校舎の一部を区切って村役場をおいたが、その後年々就学する児童が増加して再び校舎が狭くなった。
明治33年3月、就学児童増加のため、村役場は小字野田2028番地に移転した。
同年5月、校舎を縦に3間半増築し、第6高等小学校を本校に附設した。与謝郡には第1(宮津)第2(加悦)第3(養老)第4(筒川)第5(市場)の既設5高等小学校があったが、尚増設の必要があり、第6(岩滝)第7(府中)を置くこととなり、岩滝須津2ヶ村を以って、第6高等小学校組合を組織した。
同年6月9日、岩滝村大字岩滝小字板列875番地に位置変更の件についての認可の指令があった。これは、校舎が益々狭くなったが、付近の民家が稠密で、校地拡張の見込が立たないので上記の地に校地変更の許可申請をしたので、これについて認可があったものである。しかし、当時村民の意見が一致せず、建築に至るまでには尚数年を経過した。


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