岩滝の教育 18
岩滝小学校(8)


 昭和19年4月13日、岩滝町実業青年学校へ、世屋、日置、府中、吉津を統合し、橋立青年学校と称し、本校内に併置した。
 同年7月7日、食糧増産のため校庭の開墾を行った。
 同年10月10日、高等科2学年女子に学年通年動員が下令された。
 昭和20年3月31日、学徒動員が解除された。
 同年4月8日、高等科第2学年女子、石田山添政就工場に動員下令入場した。
 同年5月10日、京都市翔鸞国民学校の集団疎開を受け入れた。
 同年8月15日、終戦を迎え、9月15日集団疎開児童送別会を行う。
 昭和18年、19年、20年、すなわち戦争の末期、高等科の女子が、輪番で数名宛、中庭にテントを張り、炊事場を造り、冬期間だけ味噌汁を作り、児童は各自茶碗を袋に入れて持参し、給食を受けた。味噌汁の材料、すなわち汁の実は、輪番に児童が薪と一緒に家から持参した。味噌とだし(馬肉等があった)は学校から出した。これは、終戦で物資が不足し、材料を家から持参することができなくなり中止された。
 昭和21年11月24日、御真影奉安殿を撤去した。
 昭和22年3月29日、教育基本法、学校教育法が公布された。
 同年4月1日、校名を岩滝小学校と改称し、学校教育法の施行に伴って高等科を廃止し、新制中学校が併設され、校名を橋立中学校とし、岩滝、府中、吉津の三ケ町村組合立とした。


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