岩滝の教育 2
岩滝町における寺子屋教育(2)


授業料は総て来る者の自由であって、師家から其額を定めるようなことはしなかった。
「是れ、士風の余波を受けたると、孔孟主義の流行とは、教育は一種の仁術なりとの観念より来り、謝儀は一種の喜捨にして、教師より予め額を定めて取るべきものに非ずと思いしによれり。」(岩滝村誌)
束脩(そくしゆう)(師に入門する際、贈呈する礼物)は生徒の身分によって、菓子折、酒一升、金銭であれば、銭二百文、金一朱などいろいろであった。
中流以上の家庭の幼児であれば、寺入りの際、強飯(こわめし)を振舞い、学友に半紙一帖、筆1本づつを配ることもあり、謝儀は盆と暮に納めた。其の最上等は米1升に金2歩、上は米1升に1歩2朱、下は5文であった。野菜を贈るものもあった。
此の外、新年の書初め、春秋二季の席書きの時も、五節句も、盆暮の例に準じて金二歩から銭五匁までを納めた。
また、天神講、月並銭といって全生徒から金銭を徴収することもあり、夷講(えびすこう)の日から火鉢を出し、手を暖めさせる目的のために生徒から炭、薪を現品で納めさせたものもあった。
此の外、生徒の篤志によって、歳暮に鏡餅、盆に素麺(そうめん)、彼岸に牡丹餅、端午の節句に柏餅(かしわもち)を送るなど種々の贈物をすることもあった。頼母子講を組織して、師家の家屋及び畳の修繕をするために金銭を集めることもあった。


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