岩滝の教育 33
社会教育(1)


1.大正初期の社会教育
大正初期には社会教育の種類、団体も少なく、その組織も単純であった。
「岩滝村誌」がとりあげている社会教育団体は「青年会」「同窓会」及び娯楽機関として「劇場」「寄せ席」が挙げられている。
広い意味では「劇場」や「寄せ席」も社会教育の場ともいえるが、現在の社会教育の通念の外にある。しかし一応当時の岩滝の風俗の一端をうかがい知るために無意味でもないと思うので「岩滝村誌」社会教育の項から抜萃しておくこととした。
イ.仮設劇場 頗る貧弱なものであった。
字岩滝1ケ所、字男山1ケ所、字男山では近年興行することは稀であったが、字岩滝では、大正4年度の中に12回興行している。
 
内1回は相撲で、他は演劇であった。
其の演劇はいわゆる旧劇、すなわち時代物を好む風習があった。しかし、新派は青年に歓迎される傾向があったので大体新旧交互に演じられた。近年における興行回数は大正4年度と大差がないようである。「岩滝村誌」
ロ.寄せ席、字岩滝
頗る狭いところであったから、演劇等の興行はできなかった。毎年「浮れ節」(浪曲)の類を5、6回興行した。これらの興行が催される時には、観客は酒食‐弁当持参で観覧するのが機業地の風習であった。


前へ 目次 次へ