岩滝の教育 39
社会教育(7)
公民館(5)


岩滝分館(公会堂)−2−
建築は当時に於て善美を尽したものというので、初蔵は大工棟梁、木挽を伴って岩滝中の山林を見て歩き、適材と見たものは村有林と、個人所有の如何を問わず強要した。
蓮台に使われた巨松の如きは解谷(げしたに)口、鳶(とび)山、糸井久助(栄吉養父)所有林に偉彩を放っており、我が家の宝だと自慢していたから、我の強い同人は容易に承諾してくれぬことを見越し、ある日久助を訪れて所望の交渉をすると同時に木挽を山に入れて直ちに伐採させた。
果して久助は懇望を退け、あれは我が家の一番松だから折角だが応じ兼ねる。他を探してくれ、と拒絶したのに対し、捜し廻った結果の懇望だ、と押し問答している最中に只ならぬ物音、久助は覚えず門口へ飛び出した。見ると、問題の巨松はすでに倒され、木挽達は歓声を揚げているのであった。
こうして良材を精選し、普請に善美をつくした。廻り舞台の装置なども驚くに足る精巧さであった。
当時の若社中代表者であったのか、舞台入口には糸井安兵衛の名札がかけられ、明治末年に及んだ。


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