岩滝の教育 52
社会教育(20)
青年団 −7−


3.男山青年団
 昔から若衆といって青年の集団があった。主として祭礼、盆踊りに参加、防火、防水及び山林の見張等であり、娯楽としては角力、芝居等があげられる。この団体の弊害は少しはあったが、慣習を乱す者もなくすこぶる意気に富んでいた。又、相互の制裁もかなりきびしかった。
 明治の中期に至り徴兵検査の予備教育を兼ね、夜間並びに農閑期には幹部教育を先輩から受け一層自己の修養にはげんだ。
 この時代に青年好友会が発足し、公会堂に二階を集会場とし、図書部を設置し、毎夜一定の時間に自由に勉強した。
 明治40年、与謝郡青年会準則が示され、42年町青年団が結成され、男山支部が設けられた。尚この青年団のために講師として迎えた人々に京都の山内四中(現宮津高等学校)校長、梁田郡立高女(現宮津高等学校)校長、島田三郎代議士等があった。又、処女会(大正5年)、女子青年団があったが特筆するほどのことはない。


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