岩滝の教育 56
社会教育(24)
青年団 −11−


4.岩滝村弘道青年会の設立と国の干渉(4)
 岩滝青年会は永い間、分離の状態にあり、従来から村長、学校長は幾度となく統一するよう指導してきたが維新前からもっていた部落根性、対抗意識、割拠主義は容易に払拭することができず、その上、各区青年会それぞれ組織、習慣を異にし、また主義、主張に固執して相容れず、現状を打破して大同団結することのできない状態であった。
 しかし、時勢はこれ以上、こういう状態を許さなくなってきた。
 時の村長小墻宗弘、小学校長板倉十一郎等の熱心な指導と斡旋と、機運が熟してきて統一ができるように見えたが、また事故を生じ頓坐した。
 しかし、大正4年の秋、即位の大典が行われ、この記念行事の一つとして各区青年会の特徴はそのまま生かし協力できる点を強調することによって多年の思案を解決することができた。

 「岩滝村誌」の編集が完成する頃には岩滝村弘道青年会という、石田青年会、弓木青年会、岩滝青年会、男山青年会を綜合した組織ができた。
 大正4年12月15日御大典奉祝を兼ねて盛大な第1回総会を挙行した。
 大正4年10月末現在会員234名、各区別の会員数は次の通りである。
種別 正会員 特別会員 合計
石田青年会  25 32
弓木青年会 37 30 67
岩滝青年会 40 52 92
男山青年会 35 43
総計 137 97 234
「岩滝村誌」(大正4年10月末現在)


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