岩滝の教育 6
岩滝の寺子屋(2)


上羽角書
漢方医。上羽角書の家は(現小西商店)前庭20歩を踏んで玄関があり、二階建ての堂々たる医院であった。彼は、医療の寸暇を割いて、玄関の次の間で十余人程の生徒に読み書きを教えた。有名な前代西光寺の枝垂桜は、上羽の生徒一同が記念に医院の庭に植えたものであり、それが若木のうちに西光寺へ移植されたといわれ、現今のはその実生(みしよう)と伝えられる。
泉いと女
いと女は宮津藩の御殿医、泉畜堂の未亡人で、宮津日吉神社の宮司牧氏の娘であり、天保年間に岩滝に転住した。(現、立町より弓木への曲り角、後藤きく別邸)。彼女はそこで読書習字の外、裁縫、茶道、華道等を教えた。生徒は十数人で、その殆んどが女子であった。
当時の生徒が持ち伝えている手本を見ると、その手跡は実にあざやかなものである。
又、彼女は和歌、俳句にも長けていた。一方、但馬銀山騒動の勤王家として有名な木村愛之助との艶聞のあった程の美人であったとも伝えられている。


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