岩滝の教育 60
社会教育(28)
統一青年団の事業 −4−


 大正8年から大正9年(1919〜1920)にかけて明治天皇を祭る明治神宮の造営にあたって、全国の青年団は労働奉仕、或は神宮外苑に植えるため樹木の献上に動員された。
 これには、青年を皇室中心主義の思想で教育するという政治的、思想的なものが大きかった。そして明治神宮の鎭座祭が大正9年11月22日にはじめて行われた時、参拝した全国青年団代表の大会が開かれ、皇太子から、「国運進展ノ基礎ハ青年ノ修養ニ須ツコト多シ、諸子能ク内外ニ情勢ニ顧ミ、恒ニ其ノ本分ヲ尽シ奮励協力、以テ所期ノ目的ヲ達成スルニ努メンコトヲ望ム」とのお言葉があった。
 大正10年内務省が発起し、建設費200万円を全国青年団員200万人が拠出して大正10年6月令旨奉戴日本青年館が建設された。
 大正13年(1924)10月、大日本連合青年団が結成された。
 以上のような経過をたどって町村青年団は発達し内容の充実、すなわち修養、体育の振興、奉仕事業に各団意を用い、団員各自の人格も著しく向上し、有志之を認め、其の費用を助け、町村は青年指導費をおいて盛んに後援をしたので第一次世界大戦前の青年団に比べ、一段の進歩を見るに至った。


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