岩滝の教育 64
社会教育(32)
処女会


青年団の項で「男山には大正5年、処女会と称する女子青年団があったが、特筆すべき程のことはない。」と記した。
「与謝郡誌」には、「処女会は他の社会教育団体より、最もおそく発達し、明治41年吉津村処女会は、郡内にて最も早く創設せられ、市場村の誠女会、岩滝村処女会は之に次ぐものとす。
近時社会教育熱の益々旺盛となるに随い、青年団の著しき発達と相俟って処女の自覚を促し、其の筋の指導と奨励と小学校長、及び地方有識者の努力に依り、大正10年より同11年に亘り、各町村殆んど処女会の設立を見るに至る。各々其の地方に適応せる事業を計画し、修養につとめ、女子として真価を発揮せんとしつつあり。」
戦後は男、女一つになって青年団を組織するのが普通であるが、我が岩滝町でも岩滝青年団女子部として活動している。


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