岩滝の教育 66
社会教育(34)
岩滝町婦人会 ー1ー


1.沿革概要
 明治42年頃、東京女子学院三谷民子校長の帰郷を機に婦人有志者が2、3回会合をかさね、女史の指導を受けた。
 又このグループは村の行事のあるたびに手料理などをつくって協力し、町内において必要な存在となり、ここに小室栄子、垣田こう、前沢はつ子等が婦人会創立のため奔走した。
 大正10年、岩滝町々制が布かれたのを機会に「婦人の教養を高め、日々のくらしを楽しくするとともに、明るい町政の礎石となることを目的」として岩滝町婦人会を創立した。
 大正10年創立当時は会員200人で、会費は1人年20銭であった。
 こうして発足した、自主的で自由な婦人会も、太平洋戦争が激しさを加えるに従い国家的統制を受け、既婚の婦人は「国防婦人会」と「愛国婦人会」−この2団体はのちに「大日本婦人会」に統合され、強制的に加入させられた。
 
 戦時中は、千人針の奉仕、祈願祭への出席、出征兵士の見送、遺家族の慰問、防空、防火訓練の実施、帰還将兵及び遺骨の出迎え等、婦人会活動はもっぱら軍国主義に奉仕させられた。
 町役場に本部をおき、石田、弓木、岩滝、男山に支部をおいていた婦人会は戦後再出発をし、組織を改めた。
 昭和32年岩滝支部を更に立町、浜町、藪後、東町の4支部に分離独立させ、計7支部とし、本部に、会長1名、副会長2名、支部に支部長1名、副支部長1名が置かれ、更にその下に若干名の幹事が置かれている。
 昭和32年には会員628人。昭和43年には会員429人、会費は300円に改めた。


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