岩滝の歴史 −30−

室町・戦国時代(前編)F 

−一色義直(左京太夫、修理太夫)−

−一色義遠(吉原四郎義清)−


宝徳2年(1450)正月、一色義直が丹後の守護となって、八田にその府(役所)を設けたが、彼はほとんど京都の室町の邸に住んでいた。
「丹後十万三千四百余石、御相伴衆一色左京太夫義直朝臣、宮津・・・・・・とあるも、いかが。」

これは「応仁武艦」をもとにした「田辺日記」の記録であるが、義直の代官が宮津の館に駐屯して与謝郡一帯を支配していたものであろう。
吉原山城(中郡峰山町)には義直の弟義遠が、従兄の一色八郎持長の後を継いで吉原四郎義清と名のり、奥丹三郡を治めていた。

参考文献 岩滝町誌 昭和45年1月


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