岩滝の歴史 −60−

室町・戦国時代(後編)P 

−細川国替え−


慶長5年(1600)11月、細川忠興は関ヶ原の戦功により、徳川家康から二十万石を与えられ、それに今まで丹後十一万七百石と、豊後杵築(きずき)の六万石、父幽斉の大隅、九州の隠居料三千三百石、合せて三十七万四千石をもって、九州豊前の国小倉藩主に国替になった。

12月20日、田辺城から船で宮津の館に移り、嶺山城(峰山)の弟玄蕃頭興元と落ち合い兄弟相連れ、26日宮津を出発、須津峠を越え、加悦から与謝峠に向ったが、たまたま大雪のため道中手間どり、播州高砂で年を越し、翌慶長6年小倉に着いた。

細川幽斉は、田辺城で正月を迎え、その年京都の吉田に隠居した。

参考文献 岩滝町誌 昭和45年1月


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