鶏塚 −上−


昔、弓木村の野田に源兵衛という真面目で慈悲深い百姓があった。家には牛のほかに、猫と鶏を飼いどちらもたいへん可愛がっていた。猫は飼いだしてからもう二十年以上も経っていた。
こういう人柄であったので他人の気受けも至ってよくたいへん幸福に暮らしていた。
或る晩、飼っていた鶏が宵啼きした。翌朝付近の人々は心配をして「鶏の宵啼きは不吉の兆(しるし)である。早く棄てないと災難を受けるというのに・・・。」と話していた。
いつの間にか近所の人々の噂は源兵衛の耳にも入ってきた。源兵衛も全然気が付かなかった訳でもなく、また何となく気持ち悪く思っていた時であったので、胸騒ぎがして落ちつくことができなかった。
しかし、一方では今まで数ヶ年間飼い馴らしてきた鶏を今更簡単に捨ててしまって餓死させるにも忍びず、そのままにしていた。
その夜また頻りに啼いたので近所の噂も一層高くなってきた。源兵衛も益々気にかかったけれども棄てるのが可愛そうで、其の内には宵啼も止むだろうと思ってそのままにしておいた。然るに次の夜もまた頻りに啼きだした。流石に慈悲深い源兵衛もたまりかね、やむを得ず決心して、翌朝早くこの鶏をつれ野田川尻に行った。さながら人に物を言いきかせるように、「お前を飼ってから満三年、お前には是といって罪はないけれども、世間の人の忌み嫌う宵啼きするので、このままにしておくわけにはいかない。お前が宵啼きするのは不吉の兆があるからだと人が言っている。だから如何にかわいいからといっても家におくことはできぬ。今日限りでお別れだ。今、此の海上に流すが何処かの磯に流れついてなさけのある人に助けてもらえ。」と、いって二握り、三握りの籾をそえ、俵にのせて我が子に物いう如く、涙ながらに押し流した。
鶏を乗せた俵は、波の間に々々漂っていた。源兵衛は去りかねて、しばらくの間たたずみ見送っていたが、いつまでも別れを惜しんでいても仕方なく家に帰っていった。
それから五日ばかりたった頃、一人の修験者(六部)が、宮津の方から文殊の方へ磯辺の岩を踏み越え、飛び越え(昔は、山が海に迫り、今の様な文殊街道はなく、海岸を飛び石伝いに往来した)やがて山道を辿って谷に下り、老翁坂にかかろうとした時、突然磯に近い海の中から怪しい鶏の啼声が聞えて来た。
修験者は不審に思って立止って見たが、あたりには人家はなく、打寄せる白波の音、枝を払う松風のほか、人家がないから鶏のいるはずがない。これはいよいよ怪しいと思っていると、又異様な鶏の啼声。
よく見ると十杖ばかり(修験者の持っている杖十本位つなぎ合わせた距離か)離れた処に小島があり、その松の根元に一羽の鶏がいる。啼いているのはこの鶏であった。それにしてもこんな海中の小島に何故鶏がすんでいるのか不思議であるのに、それだけでなく、其の啼声が異様であると思っているとまた二声、三声啼いた。
耳を澄まして聞くと「野田の源兵衛を猫が喰う。」鶏は悲しそうに啼いた。修験者は、世にも不思議な事もあるものだなあ、何はともあれ、源兵衛という人を訪ねて見よう、必ず訳のあることにちがいない。
修験者路々「源兵衛という人を知っていますか。」「源兵衛という人がありますか。」と尋ねてみたが知っているという人には会えなかった。修験者は成相寺に詣で、それからも尚、道々「源兵衛、源兵衛。」といって尋ね歩いた。−つづく−

 

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