鶏塚 −中−


−つづき− やっと「弓木村に源兵衛という人がある。」と、教えてくれる人があったので、修験者は大変喜び、同家に至り休憩させてもらった。
見ると、炉辺に逞しそうな赤猫が眠っている。修験者は汲んでもらった湯茶をのみながらよもやまの話をしながらそっと猫の方に注意をしていた。
猫が時々爛々たる眼を開いてこちらを睨む眼光の鋭さ、物凄さを感じたが、さとられぬよう何くわぬ顔で世間話をしているうちに秋の日は既に暮れかけていた。
修験者は「初めて伺って、無遠慮なお願いをして恐縮であるが、今夜一晩泊めていただくことはできないであろうか。」と、丁寧にたのんだ。源兵衛はもとより快く引受けてくれた。夕飯を終り一刻余り世間話をした後、修験者が先づ床につき、源兵衛等もまた次の一室で寝床に入った。
心に一物ある修験者は眠ると見せかけて、ひそかに猫の挙動を窮っていた。
秋の長い夜が次第に更けていった。草木も眠るという丑三つ時、彼の猫が裏窓の破れたところから入ってきた。足音をしのばせながら修験者の臥床を一周してから源兵衛の枕もとに忍び寄り、しばらくためらっている様子であったが、やがて、首をさしのばし、その寝息を窮っているようであった。時々こちらを睨む眼光は爛々として、ほの暗い行灯の光に金色に輝き何とも言い現わしようのない物凄さであった。
修験者は一刻も眼をはなさず、じいっと猫の様子を見つめていたが、今度は真赤な舌で、鼻のあたりをなめたり、鼻を突き出して嗅ぐような格好をすると、源兵衛は夢にでも襲われたように苦しそうな声を出しては苦悶をした。修験者はわざと目が覚めたように見せかけて「うん。」と声を出し、両手を伸ばすと、猫は驚いて、ひらりと飛び退き、のそりのそりと炉辺に行って蹲った。こんなことが二三回もあったので、修験者は夜明けを待っていた。
間もなく夜も明け、幸い猫もいなかったので、修験者は源兵衛を近くに呼び、声をひそめて「近頃あなたの心に怪しいと思うことはありませんか。」と尋ねて見た。
源兵衛さてはと胸騒ぎがした。そこで鶏が宵啼きをしたのでこれを棄てたことを話した。
修験者は悲しそうに、そして態度をあらため、「知らないのなら仕方がないが、その宵啼きは、あなたを不幸にするためではなく、あなたの災難を救おうとしたのです。あなたに危害を加えようとしているのは、鶏ではなく今いる猫です。」といって、昨日ここに来る路であったことから、昨夜認めた猫の怪しい挙動にいたるまでの一部終始を話し、自分が泊めてもらった理由も告白した。
源兵衛、身震いしながらきいていたが、思いあたるふしがあると見え、話を聞きながら頻りにうなずいていた。やがて、「私があの猫を飼いだしたのは二昔も前です。年を経た猫は禍いすると言い伝えられているが、そんなことがあるものか、と我が子のように可愛がってきました。もちろん、食物等にも気をつけ十分与え、毎日一度は魚も食べさせていたので御覧の通り世間の人にも羨まれるばかり肥え太っています。
年をとったためか、近来は鼠さえも捕ることができず、役にも立ちませんが、棄てるもの不憫であり、代りの子猫も飼わず、いたわってもらっていることをよいことにして増長し、他家に行って大きな鯛を盗んで来ました。謝罪に行き、鯛は弁償しましたが、こらしめのため厳しく叱って其の改心を期待して居ました。−つづく−

 

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