岩滝の産業 102
ー その他の工業 ー
滅びていった工業(3)天橋焼


岩滝町には別項を揚けて挙げる程工芸というべきものはなかった。
工芸に類するものを工業の項に入れるのはどうかと思うが、男山に高岡順一郎という青年があった。幼少の頃から技芸的才能を有し、陶土を町内の山中に求めて陶器の製作を始めたが、時の京都府知事大森鐘一に認められ、その紹介によって、有名な伏見の陶工嘉楽大島敬吉に師事し、数年間陶法を研究し、帰町の後、茶器、置物の類を製作した。
篤志家もあり橋立の土物産店の店頭に飾り販路の拡張に協力する者もあったが、創業日尚浅く、工芸品として認められ、また充分に商品化するまでに、貧困と病気の中にその志を得ず、若くして生涯を終えた。


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