岩滝の産業 106
ー 金  融 ー
岩滝町における金融機関(4)


ハ.丹後産業銀行岩滝支店
大正9年の初め頃、与謝郡内の産業組合が母銀行といったものを設立したいと考え、各株主となって茲に丹後産業銀行が大正9年4月成立した。
頭取大西修一郎(栗田村)、取締役に岡田種(三河内村)、広野定助(石川村)、永井源治郎(宮津町)、平野鶴蔵(上宮津村)。千賀品蔵(城東村)がなり、監査役に糸井六左衛門(岩滝村)、橋本信次郎(日置村)、中村清吉(宮津町)、があった。本店を宮津町筆屋跡におき、最初、岩滝、加悦、伊根、養老に支店を置き、つづいて山田、石川、栗田、本庄に支店を設置した。
岩滝支店は立町糸井正太郎宅を借り(10年3月)営業を開始した。
藤村繁蔵支配人が支店長に任命され、大江岩蔵が代行していたが、大江が三河内支店へ転勤し、その後税務署長を退職した吉尾松太郎が就任した。その後小室?郎、木崎専之亮。岸本英雄、三田好等が次々に就任した。
昭和6年糸井外矩の家(岩滝病院東隣)に支店を移した。そして、龍田清之助、羽渕武治、今井和夫等が支店長となった。
太平洋戦争末期で企業整備、会社統合で両丹銀行、丹後商工銀行(峯山)宮津銀行、丹後産業銀行が、昭和16年に合併し、丹和銀行と改称し、京都へ進出して京都銀行と再び改称することになった。昭和16年10月1日のことである。


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