岩滝の産業 107
ー 金  融 ー
岩滝町における金融機関(5)


ニ.岩滝信用組合、岩滝町農業協同組合
明治41、2年頃、弓木の青年実業家を以って自認する三谷重兵衛、石崎俊一、柴田清治といった人々が日用品の消費組合を作り良品廉売に味をしめたので、進んで産業組合法による信用組合を設立せんものと既に設立せる宮津、府中、石川等を視察し、更に研究を重ね、郡役所当局の援助のもとに書類を作製し、認可を得たのが、明治44年7月31日であった。
組合員は主として弓木で162名。総会は玉田寺の隠居で開いたが、80余名出席した。三谷重兵衛が議長席につき議事を進行した。
三谷重兵衛が初代組合長に当選した。事務所には当分同家の庭店を充当することにし、(弓木下地1991)専任書記として大江岩蔵が雇用された。
三谷組合長は才物で知恵の固りの様であると評され、少年の頃から大実業家を夢み、渋沢栄一、森村市左衛門等の伝記を耽読していた。大正3年組合長を辞して石崎俊一之に代り、事務所を石崎いわ方を借りて移転し、1年後に更に弓木公会堂に移転した。
大正9年、石崎組合長にかわり小室万吉が組合長となった。理事に糸井素太郎、木崎善兵衛、監事に日野諦教、西田大蔵、広野覚治等が専任された。小室組合長は家庭の事情により常勤不可能であったので吉田弥一を専務理事に推した。
其の後、組合員も次第に増加し、利用率も高く発展の一途を辿るかの如く見えたが、吉田理事が専務理事を退いたので大江徳太郎が就任した。然し大江もまた専務理事を去ったために小室組合長は責任上常務のやむなきに至り、昭和8年から組合に専任することになった。
同10年1月には組織変更を決議し、有限責任を保証責任とし、信用単営を、信用、販売、購買、利用の4兼業とした。変更後組合員も漸次増加し、1年後には組合員も534名となった。
出資1口30円、出資総口数595、総額17,850円。
当信用組合も終戦後の大打撃のため遂に解散。解組されることになり、昭和23年岩滝町農業協同組合となった。


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