岩滝の産業 113
ー 金  融 ー
岩滝町における金融機関(11)


ト.質商(後)
小室万吉
名義は小室利助から引継いでも実務はせいが握り営業していた。
大正に入ってから半期勘定は毎月勘定となり、礼装の年始村中廻礼は廃止となり、盆の礼装、墓参も忘れられる様になって質屋の効用も半減した。
せいは隠居して万吉の後妻りようが継承したのが大正11年であったが、一方公益質屋が出来、得意も漸減したので遂に昭和19年10月23日、質商を廃めた。

半海要吉
農業勝右衛門の長男要吉が、大正初年結婚した記念に質商を営み勝右衛門夫人はつが、矢面に立って次第に得意も増加したが、貧しい者相手でうるさい事も少くないので、現在の立町に移転(元は新道)新築したのを機に廃業した。

武部守之亟
商家は現在弓木糸井正安宅で明治24年から質商を始めた。しかし、長男が岐阜県に中学校教諭として赴任したのでその家庭に合流し廃業した。営業期間20年間。

三田ちか
三田嘉十郎の実母ちかは、大正5年8月質商を開業したが、純農村の男山には得意が極めて少く、岩滝、弓木からは地理的に不便なので余り振わず十年余にして廃業した。

公益質屋
昭和32年における公益質屋の取扱件数289。金額322,000円
これは一件当貸付金額として一口当4,000円、一世帯当り21,000円となる。
昭和35年8月廃止された。


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