岩滝の産業 27
ー 農 業 ー
岩滝の地価(7)


大正4年には「岩滝村誌」にあげられている米価と「与謝郡誌」に掲載されている宮津の米相場を並べて見たが、これには当時の岩滝村と、宮津町の相場の比較をしたという意味もある。
大正時代を初期から末期まで詳記した理由は「大正7年(1918)は、7月23日富山県下新川魚津町の漁民の妻女たちから、全国をおおう米騒動の火の手があがった年である。
同年8月10日夜、京都柳原未解放部落民が蜂起して米屋を襲った。それから市内各所で無産民衆が立ち上がり、4日間に亘って毎夜の大騒動となり軍隊が鎮圧した」(読売新聞社「日本の歴史」)
すなわち、米騒動を理解するためには、大正7年までに米相場がどんな経過を辿って上昇してきたか、米騒動と米相場の関係を検討するために、いささか煩瑣のきらいはあると思ったが詳記した。

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